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2008年05月05日

小谷村「塩の道祭り」

スノーボードインストラクター日記曇り


5月3日〜5日まで開催されていた
「第29回塩の道祭り」
3日は栂池高原スキー場のある小谷村
昔ながらの衣装を着たたくさんの人たちが
歩いていましたひらめき

塩の道祭り
「シャンツェ」裏がそのコースになっています。
この林の向こうから続々やって来る。


「塩の道って?」って方はこちらを
古の道「千国街道」 塩の道

千国街道の名は、遠く中世以前にさかのぼるものである。北陸道からは、姫川沿いに遡上し、安曇野・松本平を縦貫して信州の東山道、木曽街道へ通ずる道であった。
近世にあっては、松本城下から糸魚川までの百二十余キロの間を、越後では松本街道、信州では糸魚川街道と呼んだ。信州と越後を結ぶ動脈として塩・麻など海陸の物資が運ばれ、新道の整備される明治二十年前後までは経済路線としての重要な役割を果たしていた。荷物の輸送は、すべて牛馬とボッカによるものであった。
 千国街道は安曇野の豊な田園地帯を貫き、仁科三湖を巡り、北アルプスを仰ぎ、渓谷に沿うなど、稀に見る美しい風光の地を辿っているが、この地域は豪雪地帯である上に険路が多く、物資の輸送は難渋を極めたのであった。街道時代には、大名行列の往還や参詣路としての華やかさはなく、わずかに旅芸人などの通うところであったが、すすきの穂波に見え隠れする庶民の汗の道として、また民族・自然・石仏の宝庫として、歩く人々に深い郷愁を誘う道となっている。
 戦国期、敵に塩をおくるという美談で知られる、越後の上杉謙信が甲斐の武田信玄に、牛馬の隊列を整えて塩をおくったというのもこの街道であった。(「塩の道祭りパンフレットより」)




塩の道祭り
15時ごろのシャンツェ横。
まだ歩いてくる人達が





塩の道祭り
栂池高原観光協会の前





塩の道祭り
ゴールの栂池高原駐車場。
滑り終わって降りてくるとすごい人で溢れていたダッシュ(走り出すさま)




塩の道祭り
ゴンドラ前の足湯で疲れを癒す参加者の皆さん。
ごくろうさまでございますぴかぴか(新しい)


僕達は参加者の方々の衣装を珍しいそうに
ながめていたのですが、
どうもこの季節にスノーボードを担いでいる
僕達の方が珍しかったらしく
「まだ、滑れるんですか?」
って何度か聞かれたわーい(嬉しい顔)

そりゃそうですよねるんるん


「塩の道祭り」詳細はこちらで
・小谷村観光のHP




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